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3 五所川原の立佞武多 坂上田村麻呂が敵を油断させておびき寄せるために大燈籠・笛・太鼓ではやし立てたことを由来とするものがある。しかし、田村麻呂は五所川原には行っておらず、穂積忍山宿怩ェ遠征した下北半島と津軽に残る祭りです。倭に佞を使用することもあって、「倭の武士が多数」と解釈できます。
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