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下図は、神奈川県の鷹取山、高取山の分布図で、横須賀のB2鷹取山と
大磯町のA2鷹取山を結ぶと、富士山に通じていました。同名の山に古代
の人の思いが記録されていることを発見した最初です。 この図には、日本武尊東征の経路が記録されているのではと推測でき たので、全国の鷹取山・高取山について検証しました。
丹沢山塊の東面と南面に高取山三山が見つか
り、これと対になるように鷹取山が見つかりま
す。線で結び記号を附しました。A1→A2は日本武が足柄峠を越えて、越冬の ため秦野から大磯町国府へ進んだベクトルで す。B1→B2は翌年、相模川を海老名付近で渡 り、東京湾を渡る為に走水に進んだベクトル です。C1→C2は相模で分かれて、北陸に進ん だ副将軍のベクトルです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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全国の鷹取山、高取山 下図は全国の高取山と鷹取山を調べたもので、やはり対と思われるものを、線で結び記号 を附しています。奈良より西は神武東征の進攻ベクトルで、奈良のM1より東は日本武尊東征 のベクトルです。
五條のL1のみ対のL2が見つかりません。これは高取山M1が元来、L2だったものを日本武
尊出発の際に、飛ぶ鳥の鷹取山を高取山に変更したためと思われます。明日香から飛ぶ鳥の鷹
取山が見えていたので「飛ぶ鳥の明日香」のみが残り、飛鳥を”あすか”とも読むようになっ
たのでしょう。滋賀県から福井県へ真北に伸びるベクトル T1→T2は、神武東征の後半にあった、大規模 な東国移住作戦の出発のベクトルと分かり追 記しています。
神武東征の九州出発の様子右図は神武東征出発の様子です。ベクトルD・E・Fが 形成する三角域Tは、邪馬台国にあった倭国の都で高天 原と呼ばれていたところです。 F1→F2は、神武兄弟が高千穂宮で東征を相談し、筑紫 に向かったと記す古事記の記録そのままです。豊受大神 に東征出発を確認したのでしょう。その後、神武は西九 州を巡り、東征への参加を呼び掛けながら、一旦、H1→ H2のように宮崎に戻り、東征の準備をしてS1→S2のよ うに宇佐を経て竺紫の岡田宮に迂回しています。 ベクトルD・E・Gは北部九州の人々の東征参加を記録 しています。
東国移住出発のベクトルの山
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