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日本建国の出発地点とその経路の発見(2)


 神武東征と日本武尊の東征は、日本統合の継続したひとつの事業として捉えられているように思います。神武東征に関係する鷹取山が八山で、日本武尊の東征に関係する鷹取山は九山です。さらに日本武尊の東征を追ってみます。

日本武尊の東征 (下図参照)
 奈良の南にある高取山から、一気に身延の鷹取山にベクトルが伸びています。富士の西に位置しています。相模の鷹取山も富士を意識した位置にあり、富士山へのこだわりを感じます。
 日本武尊の東征は火難あり、ロマンスあり、姫の入水ありの波乱の東征が伝えられています。日本を隈なくの東征であることは、まだ知られていなかった神武東征のベクトル発見でもおしはかることができます。多くの伝承が各地に残るのも納得できるのです。

   

日立から船に乗り北上して、八戸から南下した(下図参照)
 東京湾を渡り、房総に上陸した東征軍は東関東を北上して、常陸大宮にベクトルを残しています。日立の海岸方向に向かっています。ここから先、北上のベクトルが無いことから、船で北上したのではないでしょうか。日立に尊が船から下りて戦勝祈願した伝説があります。八戸まで渡った後に南下した、壮大な足取りになっています。

 一方、埼玉県越生町から一気に山形までベクトルが伸びているのは、厚木付近で分岐した隊ではないでしょうか。        

日本武尊は、分隊と山形で合流して日本海側にでた(下図参照)

 北から南下してきた東征隊は、南から北上した隊と山形で合流して、山を越えて
新潟県の村上市方向に向かっています。
 そこには「日本国」の名前の山があります。日本建国にふさわしく何か誇らしい気分です。このベクトルが東征最後の高取山・鷹取山です。